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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)12423号 判決

原告

三原大勝郎

被告

大阪市

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三五九二万五一五七円及びこれに対する昭和五六年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五六年一二月三日午後五時ころ

(二) 場所 大阪市北区中崎西一丁目一一番一二号中崎郵便局前路上(市道天満南浜町一号線、以下「本件事故現場」という。)

(三) 事故車 自動二輪車(一大阪き三八三五号)

(四) 態様 本件事故現場を西から東に時速約五キロメートルの速度で発進した事故車の後輪が、道路中央部に生じていた横巾七ないし八センチメートル、長さ約八〇センチメートル、深さ約五センチメートルの亀裂(以下、「本件亀裂」という。)にはまつたため、事故車がバランスを崩し、車体の左側を下にして転倒した(以下、「本件事故」という。)

2  被告の責任

被告は、本件事故現場の道路の管理者であるところ、本件事故現場には、前記のとおりの亀裂が発生したまま放置され、道路として通常有すべき安全性を欠いていたものであり、右瑕疵によつて本件事故が発生したものであるから、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 原告の受傷内容、治療経過及び後遺障害

(1) 原告は、本件事故により、左母指第一中手骨骨折及び左尺骨茎状突起骨折の傷害を受け、行岡病院において、次のとおり治療を受けた。

〈1〉 昭和五六年一二月三日から同月六日まで通院(通院実日数三日)

〈2〉 昭和五六年一二月七日から同五六年三月四日まで入院(八八日間)し、観血的整復固定術を受けた。

〈3〉 昭和五七年三月五日から同五八年一二月四日まで通院(通院実日数二九五日)

〈4〉 昭和五八年一二月五日から同月一六日まで入院(一二日間)し、手指運動時の疼痛除去のための腱鞘切開術を受けた。

〈5〉 昭和五八年一二月一七日から昭和六一年一一月三〇日まで通院(通院実日数六八三日)

(2) 原告は、前記の治療を受けたが、昭和六一年一一月三〇日、左手(利き腕)母指第一中指手骨骨折及び左尺骨茎状突起骨折による変形治癒(茎状突起部)及び周囲軟部組織(神経を含む。)の損傷・癒着に伴う頑固な神経症状(左手指の可働時刺激痛、放散痛、易疲労性鈍痛、倦怠痛及び痺れ等)の後遺障害を残して症状が固定した。

なお、右後遺障害は、少なくとも労働者災害補償保険(以下、「労災保険」という。)法施行規則別表等級表の第九級の障害に相当する。

(二) 損害額

(1) 治療費 五八一万〇二五八円

(2) 入院雑費 九万二〇〇〇円

前記のとおり、行岡病院に合計九二日間入院し、その間、入院雑費として一日あたり一〇〇〇円相当の損害を被つた。

(3) 休業損害 一九八〇万四九九二円

原告は、兄の三原大三郎の経営する三原組において左官職に従事していたものであり、本件事故当時の給与所得は、少なくとも一日当たり、労災保険の休業補償給付の給付基礎日額である一万〇八五八円を下ることはなかつたところ、前記受傷のため、昭和五六年一二月三日から昭和六一年一一月三〇日まで休業を余儀なくされたから、右日額の一八二四日分である一九八〇万四九九二円の休業損害を被つたことになる。

(4) 逸失利益 二八九八万九六一九円

原告は、昭和一九年一月一一日生まれの男性で、前記のとおり三原組に左官として勤務していたものであり、事故直前の三か月の平均賃金は一日当たり一万〇八五七円一四銭であつたが、(年収に換算すると、三九六万三一七〇円)、これには賞与が全く含まれていないので支給されるであろう賞与を加えると、本件事故当時(三七歳)の原告の年収は、少なくとも昭和五六年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の三五ないし三九歳の男子労働者の平均年収額である四一九万〇七〇〇円を上回つていたことは確実であり、右事実によれば、原告は、本件事故に遭わなければ、昭和六一年一一月三〇日の症状固定時(症状固定時の年齢四二歳)には、一年間に、昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の四〇ないし四四歳の男子労働者の平均年収額である五一九万四九〇〇円程度の収入を得ることができるはずであつたということができる。

従つて、原告は、本件事故に遭わなければ、症状固定時の四二歳から六七歳まで二五年間就労可能であり、その間少なくとも右額程度の収入を得ることができるはずであつたということができるところ、前記後遺障害によりその労働能力の三五パーセントを喪失したものというべきであるから、右収入額を基礎にホフマン式計算方法により、年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の症状固定時の現価を計算すると、二八九八万九六一九円(円未満切捨て、以下同じ。)となる。

(算式)

5,194,900円×0.35×15.944=28,989,619円

(5) 入通院慰謝料 二一〇万円

入院約三月、通院約五七月という長期の治療を要したという事実に照らせば、二一〇万円が相当である。

(6) 後遺障害慰謝料 四一七万円

(7) 弁護士費用 二〇〇万円

(8) 以上合計 六二九六万六八六九円

4  損害の填補 二七〇四万一七一二円

原告は、労災保険から左の金額を受領したので、右3の損害額の合計額に充当する。

(一) 治療費 五八一万〇二五八円

(二) 休業補償 一五八〇万六七〇〇円

(三) 後遺障害分 五四二万四七五四円

よつて、原告は、被告に対し、本件事故による損害賠償として三五九二万五一五七円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五六年一二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が主張の日のころに事故車を運転中、転倒事故を起こしたことは認めるが、事故発生場所、態様等は不知。

2  同2の事実のうち、被告が本件事故現場の道路の管理者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故現場は、幅員が約四・六メートルのいわゆる生活道路であるから、交通量の多い幹線道路並みの高度の安全性を確保する必要性はなく、生活道路として通常有すべき安全性を備えた舗装がなされていれば足りるところ、本件事故当時の右道路の舗装は、道路巾の半分を一辺とする長方形の木の型枠にコンクリートを流し込んで施工したコンクリート舗装で、原告の主張する中央部の亀裂は、コンクリートが固まつたのち型枠を抜き、その後をアスフアルト等の目地としていたところが、年月の経過とともにコンクリートの端の部分が欠けて生じたものであり、亀裂の深さは約二・五センチメートルで、巾及び長さも原告主張より小さく、生活道路として一般の通行に支障が生じるようなものではなかつたから、本件事故現場の道路に瑕疵があつたということはできない。

また、事故車(カワサキKZ二五〇H、排気量二五〇CC)は後輪のタイヤの幅が一二センチメートルであり、その接地幅は約五センチメートルとなつているが、空気圧、磨耗の度合、荷重量により五センチメートル以上に増加すると考えられるから、幅五センチメートルの本件亀裂に後輪のタイヤが入り込むはずがなく、まして、事故車の前輪は本件亀裂にはいらずに斜めに通過しているのであるから、後輪も本件亀裂を斜めに通過した可能性が高く、そうだとすると、幅一二センチメートルもある事故車の後輪のタイヤが深さ約二・五センチメートルの本件亀裂を斜めに通過しただけでバランスを崩して転倒するとは考えられないから、本件事故は原告が自ら招いた事実であり、本件亀裂の存在と本件事故の発生との間には因果関係はない。

3  同3及び4の事実は不知。

三  抗弁

1  過失相殺

仮に、本件亀裂の存在が瑕疵に当たり、本件事故が右瑕疵に起因して発生したとしても、前記のとおりの事故車の車輪の状況からすると、原告が事故車を正しく運転していれば本件事故亀裂程度の窪みで転倒するはずはないと考えられ、さらに、原告が事故車の前照燈をつけ、前方注視をしていれば、本件亀裂を容易に発見でき、本件事故の発生を回避することができたはずであると考えられるから、本件事故の発生については、原告にも、本件事故現場で郵便ポストに投函したあと急発進したうえ、道路中央へ出るため体を斜めにして左にハンドルを切り、しかも、当時既に薄暗くなつていたのに前照燈をつけず、遠方の交通事情に気を奪われて路面の状況に対する注意を怠つた過失があるというべきであり、相当程度の過失相殺がなされるべきである。

2  時効消滅

(一) 原告の本件事故による後遺障害は、昭和五八年五月三〇日には症状が固定しており、そうでないとしても、遅くとも同年一二月一六日には症状が固定しているから、原告は、そのころには本件事故による損害を知つたものというべきであるところ、何れの時点から起算してもすでに三年が経過した。

(二) 被告は、原告に対し、昭和六三年七月七日、右時効を援用する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

原告は、本件亀裂の存在する地点のすぐ手前にある中崎郵便局前で停車してから、発進した直後に本件事故に遭つたものであり、事故当時、それほどのスピードも出ておらず、取り立てて危険な運転をしたものではない。

2  抗弁2(一)は否認する。

原告の症状が固定したのは、昭和六一年一一月三〇日であり、症状が固定するまでは損害額を知ることはできないから時効は成立していない。

理由

一  事故の発生と被告の責任

成立に争いのない甲第一号証、乙第三号証の一、二、第四号証、第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六、七号証、乙第五号証、証人吉田行夫の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、同証言により原本の存在・成立が認められる乙第二号証、本件事故現場の写真であることに争いがなく、原告本人尋問の結果により昭和五六年一二月四日に木寺薫が撮影したものと認められる検甲第一ないし三号証、本件事故現場の写真であることに争いがなく、原告本人尋問の結果及び証人吉田行夫の証言により昭和五七年九月ころに木寺薫が撮影したものと認められる検甲第四ないし六号証、本件事故現場の写真であることに争いがなく、証人吉田行夫の証言により昭和五七年三月一九日に山田耕司が撮影したものと認められる検乙第一号証の一、二、事故車と同種の車両の写真であることに争いがなく、弁論の全趣旨により平成元年七月一四日に神田幹夫が撮影したものと認められる検乙第三号証の一ないし八、本件事故現場付近の写真であることに争いがなく、弁論の全趣旨により平成元年八月二五日に林哲也が撮影したものと認められる検乙第四号証の一ないし三、証人吉田行夫の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件事故現場は、大阪市北区中崎西一丁目一一番一二号先の東西に走る市道天満南浜町一号線(以下、「本件道路」という。)の路上であるところ、本件道路は、両側に商店や民家が建ち並び、歩行者、自転車、自動車及び自動二輪車の通行量も多いいわゆる生活道路であつて、幅員は約四・六メートルであり、歩車道の区別はなく、センターラインによる通行区分もなされておらず、最高速度は時速二〇キロメートルに制限され、駐車禁止の規制がなされている。なお、本件事故現場の西寄りの道路北側(同区中崎西四丁目)には、本件道路に面して中崎郵便局があり、同郵便局の前には郵便ポストが設置されている。本件道路は、戦後の失業対策事業で施工されたコンクリート舗装道路であるが、その舗装は、道路を中央で区切り、その片側の幅を短辺とし、長さ六メートル程度を長辺とする矩形の木製の型枠を連続して作つて行き、これにコンクリートを流し込み、コンクリートの凝固後に抜き取つた型枠のあとに、ゴムやアスフアルトの目地を埋め込むという、いわゆる「二分の一施工方法」で施工されたものであることから、本件事故当時、前記郵便ポストの南東約四・三ないし四・四メートル前方の本件事故の道路中央付近には、道路中央部の目地沿いのコンクリートが長年の道路としての使用によつて欠けたり、剥離したりして生じた少なくとも幅約五センチメートル、長さ約七〇センチメートル、深さ約二・五センチメートルで、凹部が鋭角に切り込まれた窪み(以下、この窪みについても「本件亀裂」という。)があり、本件道路上には、本件亀裂以外にもこれと同様の亀裂が道路中央部の目地に沿つて複数箇所存在していた。また、本件事故当時、本件亀裂の約七メートル東寄りの本件道路上には、北側に寄せて駐車中の車両があつた。

2  原告は、昭和五六年一二月三日午後五時ころ、郵便物を出すために、事故車(排気量二五〇CC)を運転して前記中崎郵便局前の郵便ポストまで赴き、同ポストに郵便物を投函した後、本件道路を東に向けて発進しようとしたが、前方に前記駐車車両があつたため、駐車車両の右側を通過するつもりで時速約一〇キロメートルまで加速し、右前方に道路中央付近まで出て東に進行したところ、事故車の後輪が本件亀裂にはまり、後輪がスリツプするか、捕られるかしてバランスを失い、事故車は約四メートル進行した地点で車体左側を下にして転倒し、原告は倒れた事故車の下敷きとなつた。

なお、原告は自動二輪車の免許を取得してから二〇年間の運転経歴があつたが、本件道路を通行したことはほとんどなく、また、本件事故当時は、夕暮れ時で(本件事故当日の日没時間は午後四時四七分であつた。)やや薄暗く、前照燈をつけるべきか否かを迷う時間帯であつたが、前方の安全や路面の状態の確認に特に支障が生ずるほどの暗さではなかつたので、原告は事故車の前照燈をつけていなかつた。

3  事故後、原告は後記のとおり行岡病院に入院し、昭和五七年三月四日に退院したが、同月一八日ころに本件道路の管理を担当している大阪市土木局(現在の建設局)に対して、本件事故の発生を報告するとともに、本件道路の補修をするよう申し入れしたところ、同年四月二日ころまでに本件道路の本件事故現場付近二〇〇ないし三〇〇メートルにわたつて生じていた亀裂部分(本件亀裂も含む。)に常混合材を埋める補修がなされた。

4  被告は、本件道路の管理者として(被告が本件道路の管理者であることは当事者間に争いがない。)、本件道路を管轄している土木局西北工営所梅田出張所に二名の専従の調査員と二班一六名の作業員を配置して、本件道路を含む同出張所管内の市道について、右調査員による日常的な道路パトロールを行うとともに、一月に一回は右作業員による克明な徒歩の道路パトロールを行つて、要補修箇所・危険箇所等の調査を行つており、その結果、補修が必要と判断された箇所については、右作業員により、または業者に委託して計画的に補修を行つているが、通行上危険性があると認めた箇所については直ちに補修をするか、応急措置を講じていた。本件事故現場は、梅田出張所の裏手の道路であつたが、調査員や作業員が危険性を認めて修復作業をしたことはなく、窪みの存在の標示等の応急措置を講じたこともなかつた。

以上の事実を前提にして、被告の責任について判断するのに、本件事故は、原告が前方の駐車車両の右側を通るために、発進後カーブしながら本件道路の中央付近まで出て進行しようとした際に、たまたま本件亀裂に事故車の後輪がはまり、後輪がスリツプするか、捕られるかしたために発生したものであるが、本件道路は幅員も狭く商店や民家が建ち並ぶ生活道路であるため、駐車禁止の規制がなされていても違反の駐車車両が少なくなく、また、歩行者等の通行量も多いと考えられるから、自動二輪車、自転車等が駐車車両や歩行者等を避けるために本件のように道路の中央部分を走行をせざるを得なくなる場合も少なくないと考えられるところ、自動二輪車等の二輪車が本件のように道路と平行に細長く鋭角に切り込まれた窪みの上を走行する場合には、これらの車両のタイヤの太さの程度、走行方向と窪みとの角度、タイヤの路面ないし窪みとの接触状況によつては、窪みのために車輪が捕られたり、タイヤがスリツプしてバランスを失い転倒する可能性があると考えられ、従つて、本件のように道路の中央部分に道路と平行して鋭角に切り込まれた細長い窪みが存在する道路は、その窪みがさほど大きなものではなくても、自動二輪車等にとつては、危険な道路であるといわざるを得ない。そして、本件事故現場の付近には、本件亀裂以外に同様の亀裂が多数存在していたこと、車両の運転者は走行する道路の路面にも注意を払うべきであるが、市街地内の舗装道路を走行する場合においても、常に路面のどのような変化にも対応できるような走行方法をとる必要があるものとすると、車両の円滑な交通を期し難いこと、本件のような比較的小さい窪みは、夜間や薄暗い早朝、夕方等には、車両の運転者にとつては、発見しにくいことがあり、そうでなくても見落とされる可能性が少なくないと考えられることなどの点を考慮すると、被告は、道路管理者として、本件亀裂を遅滞なく補修するか、少なくとも本件事故現場を走行する車両の運転者が、本件亀裂の相当手前からその存在を容易に認識することができるような標示を設置すべきであつたといわなければならず、本件亀裂の補修をするか、右のような危険回避のための措置を講じない限り、本件道路は通常有すべき安全性を欠くものといわざるを得ない。

しかるに、本件事故当時の現場付近の道路につき、右のような措置が講じられていなかつたことは前認定のとおりであるから、本件道路の設置管理に瑕疵があつたというべきであり、前記認定の本件事故の発生状況に照らせば、本件事故が右瑕疵に起因して生じたことも明らかである。

なお、被告は、事故車の後輪のタイヤの幅は一二センチメートルで、接地幅は約五センチメートルであり、空気圧、磨耗の度合、荷重量によつては、接地幅が増加すると考えられるから、幅五センチメートルの本件亀裂に後輪のタイヤが入り込むはずはなく、また、事故車の前輪は本件亀裂に入らず斜めに通過しているのであるから後輪も斜めに通過しているはずであつて、幅一二センチメートルもある事故車のタイヤが深さ約二・五センチメートルの本件亀裂を斜めに通過しただけでバランスを崩して転倒するとは考えられず、本件亀裂の存在と本件事故の発生との間には因果関係がない旨主張し、前掲乙第三号証の一、二、第四号証、第五号証によれば、事故車のタイヤの幅が一二センチメートルであり、その接地幅が約五センチメートルであることが認められるが、本件事故当時、事故車の後輪タイヤの接地幅の増加の程度や実際の接地幅を認めるに足りる証拠はなく、前認定の事実によれば、右のような太さのタイヤであつても、走行方向と窪みとの角度やタイヤの路面ないし窪みとの接触状況によつては、深さが約二・五センチメートルの窪みであつたとしてもタイヤがスリツプしたり、車輪を捕られたりする可能性はあると考えられるから、被告の右主張は採用できない。

従つて、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

二  損害

1  治療経過

成立に争いのない甲第八号証の一、乙第七号証、第一〇号証、証人豊島泰の証言により真正に成立したものと認められる乙第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証、第八号証の二及び証人豊島泰の証言によれば、以下の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、本件事故により、左母指中手骨骨折及び左尺骨茎状突起骨折の傷害を受け、事故後すぐ行岡病院に通院して骨折部の徒手整復及び副子固定等の治療を受け、引き続き同病院に通院していたが、中手骨基府部の転位傾向が強くなつたため、昭和五六年一二月七日、同病院に入院し、同一一日に観血的整復固定術(経皮的ピンニングによる固定)を受けた。

(二)  右整復固定術の施行後の骨癒合は良好であつたので、原告は、同五七年一月一三日から機能回復訓練を受けるようになり、同年三月四日には行岡病院を退院し、以後通院による治療を受けることとした。ところが、原告は、同月一七日の通院時に左母指の知覚鈍麻を訴え、その後も左母指中手骨骨折部周辺の疼痛、痺れ及び知覚鈍麻、左手の震え並びに左手の握力低下を訴え続けて、同病院への通院を継続し、投薬及び麻酔剤の注射等の対症療法と機能回復訓練を受けていたが、左手指の運動時の疼痛が著明になつたため、同年一二月二三日から装具(コツクアツプ)を装着することとした。しかし、右装具の装着によつても症状は緩解せず、さらに左手背の第一腱区画における狭窄性腱鞘炎の症状を示すフインケルシユタインの症状がみられたことから、原告は、同五八年一二月五日、再度同病院に入院し、同月六日、腱鞘切開術の施行を受けたが、フインケルシユタインの症状と合致する所見は認められず、同月一七日に退院した。

(三)  その後も、原告は、行岡病院への通院を継続して、ほぼ従前同様の治療を受け、結局、昭和六一年一一月三〇日まで同病院に通院したが、原告の症状の経過は緩慢であり、同病院の行岡正雄医師は、右同日付けで、原告の左手に、左母指中手骨骨折及び左尺骨茎状突起骨折後の変形治癒(茎状突起部)並びに右骨折部の周囲の軟部組織(神経を含む。)の損傷・癒着に伴う頑固な神経症状(可動時刺激痛、放散痛、易疲労性鈍痛、倦怠感及び痺れ等)の後遺障害が残存し、右後遺障害の症状固定日は同日である旨の診断をしている。

なお、天満労働基準監督署長は、原告の右後遺障害が労災保険法施行規則別表障害等級表の一〇級六号及び一二級六号に該当し、併合して九級に相当する旨認定している。

2  損害額

そこで、以上の認定事実を前提に以下損害額について検討する。

(一)  治療費、入院雑費及び慰謝料

前認定の事実によれば、原告は本件事故後五年間も、入通院を続けたものであり、その間の治療内容も対症療法の施行と機能回復訓練が主体であつて、左手指の症状もさほどの変化もなく緩慢に経過したもので、これに原告の左手指に著明な他覚的所見がないことをも考慮すると、原告主張の昭和六一年一一月三〇日をもつて症状固定とするのはいささか遅きにすぎるといえなくもないが、前認定のとおり、原告の治療を行つた病院の医師が昭和六一年一一月三〇日に症状が固定したとの診断をしていることからすれば、前提として採用する余地がないともいえないので、これを前提とすると、原告主張のとおり、治療費は五八一万〇二五八円(成立に争いのない甲第五号証によつて認められる。)となり、入院雑費は九万二〇〇〇円、入通院に対する慰謝料は二一〇万円、後遺障害に対する慰謝料は四一七万円と認めるのが相当であるということができる。

(二)  休業損害

前認定の原告の症状経過及び原告の症状は左手に生じているのにすぎず、左手が利き腕であつたとしても、原告は、労災保険の休業補償給付の停止事由となる前記症状固定の診断後の昭和六三年一一月現在においては、ゲームセンターに店番を主たる職務内容とする店員として勤務している(原告本人尋問の結果によつて認められる。)ことを考慮すると、第二回入院後相応の経過観察期間が経過したのちである昭和五九年一月以降は、治療を継続しながらでも右のような監視的労働に従事することは可能であつたと考えられるから、右時点から症状固定までの休業損害は算定の基礎となる本件事故当時の平均収入の六〇パーセントを超えないものとみるのが相当であるが、症状固定までの全期間について労働が不能で、一〇〇パーセントの休業損害を被つたという前提に立てば、本件事故当時における原告の平均的賃金は一日一万〇八五八円であつた(成立に争いのない甲第九号証によつて認める。)から、これに本件事故発生日の日から症状固定までの日数である一八二四日を乗じた一九八〇万四九九二円が休業損害となる。

(三)  後遺障害による逸失利益

原告の後遺障害は、前認定のとおり、他覚的所見の乏しいものであるから、右後遺障害により就労可能な六七歳まで労働省労働基準局長通牒による九級の障害の労働能力喪失率である三五パーセントの労働能力を喪失したとするには疑問がないわけでもないが、前記のように労働基準監督署長により併合九級の認定がなされていることからすれば、必ずしも判断の前提として採用する余地のないものとまでいうことはできない。

しかしながら、算定の基礎となる年収についての原告の主張は採用できない。すなわち、原告は、その算定の基礎となる年収額を、昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の四〇ないし四四歳の男子労働者の平均収入(四一九万〇七〇〇円)で計算されるべきであるとし、その根拠として、賞与を加えると、原告は本件事故当時同年齢の男子労働者の平均賃金を上回る収入を得ていたと主張するが、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時、兄の経営する三原組に左官として勤務していたことは認められるものの、原告が本件事故当時賞与の支給を受けていたことを認めるに足りる証拠はなく、また、その後増収して症状固定時には同年齢の男子労働者の平均賃金と同程度の収入をあげうる見込みのあることを証明するような証拠も存しない。

そこで、後遺障害による逸失利益の算定の基礎となる収入額として前記を労災保険給付の給付基礎日額である一万〇八五八円を採用し、原告が六七歳に達するまで三五パーセントの労働能力を喪失したものとして、ホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除して、原告の前記後遺障害による逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると、一八九五万四八五一円となる。

(算式)

10,858円×365日×0.35×(18.0293-4.3643)=18,954,851円

三  過失相殺

本件亀裂は、前認定のとおり、コンクリート舗装道路の中央部の目地に沿つて生じたものであつて、本件道路上には本件亀裂以外に同様の亀裂が道路中央部の目地に沿つて複数存在しており、また、本件事故当時は、前認定のとおり、夕方でやや薄暗かつたが、路面の状態確保に特に支障が生ずるほど暗くはなかつたのであるから、原告において本件亀裂を発見するのが困難であつたというわけではなく、さらに、本件のようなコンクリート舗装の場合には、一定の区画ごとに目地が存在し、特に道路中央沿いには連続した目地が存在するのが通常であり、舗装後長期間を経過すると、目地によつて区画された部分の路盤の支持力の差異によつて目地の部分に段差が生じたり、目地沿いのコンクリートが欠けたり、剥離したりして本件亀裂のような窪みが生じることは、よく見られるところであるから、本件亀裂のような道路上の窪みの存在についての予期は可能であつたということができる。

従つて、原告が四輪の自動車と比べて安定性の劣る自動二輪車の運転者として、進路の路面の状況にも注意を払い、より慎重に事故車を発進・進行させていれば、本件事故は容易に避けられたと考えられるから、この点の原告の落度を斟酌すべきであるが、他方前認定の事実によれば、本件亀裂は、通行するすべての車両に危険を生ぜしめるようなものではなく、単車、自動車等の二輪車に対し、限られた条件のもとにおいてのみ危険を及ぼす比較的小さいものであるということができ、これらの点を考慮すると、過失相殺として、原告に生じた損害の五割を減ずるのが相当である。

そこで、右過失相殺すると、原告が賠償請求をすることのできる損害額は二五四六万六〇五〇円となる。

四  損害の填補

前記のとおり、原告に有利な前提を採用したうえで損害額を算定しても、過失相殺したのちの原告が賠償を請求し得る損害額は二五四六万六〇五〇円となるところ、成立に争いのない甲第三ないし第五号証によれば、原告は、本件事故による損害について、労災保険から合計二七〇四万一七一二円の給付を受けたことが認められるので、原告が被告に対して賠償を請求し得る残額は存在せず、被告に対して損害賠償の請求をすることはできないことになる(なお、本件審理結果等に照らすと、原告は被告に対し、本件訴訟のために支出した弁護士費用を本件事故による損害として賠償を求めることはできないものというべきである。)。

五  以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求はその余について判断するまでもなく、理由がないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇 松井英隆 永谷典雄)

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